HISTORICAL STRUCTURE

対仙酔楼

(たいせんすいろう)

福山市鞆町鞆

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鞆の浦の豪商・大坂屋が建てた楼閣で、江戸時代の思想家・頼山陽が招かれてここに滞在したおり、この建物を「対仙酔楼」と名付けた。(内部は通常非公開)

MAP

「対仙酔楼」は、地図上のマークがある付近です。

HISTORY & DETAILS

頼山陽が名付けたとおり、仙酔島の正面に相対する門楼(門の上につくられた楼閣)で、「仙人も酔うほどの美しい島」が由来とされている仙酔島の風景は、山陽の思索や著述に豊かな滋養をもたらしたのではなかろうか。山陽はここで「山紫水明」という言葉を編み出し、そして後年完成させた「日本外史」は幕末の尊皇思想に大きな影響を与えた。

PHOTO

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 (堤防の上から見た対仙酔楼)

 

 (文化11年(1814年)に、頼山陽は招かれて大坂屋に滞在し、この門楼を「対仙酔楼」と名付けた)

 (頼山陽の「日本外史起稿史跡」。実際に日本外史を書き始めたのはもっと以前だが、ここでもおそらく筆が進んだことだろう)

 

 (海沿いの県道より)