長崎

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「後藤象二郎邸跡」は、地図上のマークがある付近です。

HISTORY

後藤象二郎は、土佐藩の軍事産業を活発化させるため、慶応2年(1866年)に長崎に赴任、土佐商会を設立し、岩崎弥太郎をその主任とした。また、海援隊の坂本龍馬とも会談を重ねた。慶応3年(1867年)、四侯会議(島津久光、松平春獄、伊達宗城、山内容堂)が行われている京都に向かう途中の船内で、同行の龍馬から「船中八策」を提示され、これを京の山内容堂に提出。これをもとに容堂が将軍徳川慶喜に大政奉還を建白した。

その他、[高知]後藤象二郎誕生地を参照。

PHOTO

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 (のち、邸宅は岩崎弥太郎に譲り渡され、昭和にいたるまで、三菱関係者の居住地として使用された)

 (現在は、テレビ長崎本社社屋)