京都

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「角屋」は、地図上のマークがある付近です。

HISTORY

京都の花街・島原には、宴席が設けられる揚屋と、太夫・芸妓を抱えている置屋があり、揚屋に客が入るとそれに応じて置屋から太夫・芸妓が呼ばれていった。角屋は当時の揚屋建築が残る唯一の遺構とされている。

角屋には尊皇攘夷の活動家・久坂玄瑞西郷隆盛もよく訪れたという。また、新選組の遊興の場としても有名で、初代局長・芹沢鴨が暗殺されたときは、まず土方らが角屋で芹沢を泥酔させたのち、一同屯所(八木邸)に戻って飲み直し、夜更けに土方、沖田、山南、井上によって殺害が実行されたという。

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 (国の重要文化財として保存されている角屋の建物)

 (南側より)

 (入口には休業中の張り紙が...)

 

 

 (東北の辻には久坂玄瑞の碑と説明板が設置されている)

 

 

 (「花街」と「外界」を結ぶ出入り口として島原にはいくつかの門が設けられた。島原は江戸の吉原とは違い、客はもちろん遊女・芸妓たちの出入りも比較的自由だった。この島原大門(おおもん)は、嘉永年間の火災で焼失し、慶応3年(1867年)に建て替えられたもの)