京都

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「武市瑞山寓居跡」は、地図上のマークがある付近です。

HISTORY

武市半平太は坂本龍馬の遠縁にあたり、龍馬とはあだ名で呼び合う仲だった。尊皇攘夷へのすさまじい情熱をもって土佐勤王党を率い、京都の政局に大きな影響をもたらしたが、文久3年(1863年)の八月十八日の政変が起こると、にわかに状況が悪化し土佐勤王党は大弾圧を加えられる。そしてかつての吉田東洋暗殺の疑いなどにより、慶応元年(1865年)閏5月に切腹を命じられた。

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 (現在は料亭・金茶寮。内部には武市寓居当時の部屋も保存されている。このすぐ隣に武市の弟子である土佐藩の志士・吉村寅太郎寓居の跡がある)