京都

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「京都守護職上屋敷跡(京都府庁)」は、地図上のマークがある付近です。

HISTORY

当時、京都の治安維持は、 京都所司代 (きょうとしょしだい)や京都奉行所が担当していた。しかし尊皇攘夷運動が激化するにつれ、日本各地から多くの浪人が京都に流れ込んで、乱暴狼藉を働いたり暗殺が横行するなど治安が極度に悪化したため、文久2年(1862年)に幕府が新設したのが京都守護職である。もはや所司代や奉行所などという伝統的な組織では手に負えなくなっていたのだ。

守護職に就任した会津藩主・松平容保(まつだいらかたもり)は当時27歳。会津藩は財政窮乏のためにいったん断ったが、松平春嶽の説得によってやむなくこれを承ける。会津の藩兵のみでは手薄のため、当時浪士組から独立した新選組を「会津藩預かり」という形で傘下に組み入れ、治安維持に利用した。

PHOTO

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 (京都府庁の旧本館と正門。1904年(明治37年)京都府庁舎として完成したルネサンス洋式の建物は、国の重要文化財に指定されている)

 (正門の内側から。京都守護職屋敷跡の碑は左側に立っている)

 (京都守護職屋敷跡の碑)