高知

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「近藤長次郎邸跡」は、地図上のマークがある付近です。

HISTORY

城下で饅頭を売り歩いていたので、饅頭屋長次郎と呼ばれていた。学問への情熱がつよく、地元にあっては河田小龍に学び、さらに江戸に出て安積艮斎(あさかごんさい)の門下生となった。坂本龍馬にさきがけて勝海舟の門人となっていたという話もある。才能豊かな長次郎は文久3年に武士の身分をゆるされ、土佐藩士となった。

年少のころから龍馬と親しく、神戸海軍操練所に入り亀山社中にも参加。長州藩への武器売買などで活躍する。異国の文化をなんとしてもその目で見、学びたかった長次郎は、社中の資金を不正に処理して英国への密航を企てた。しかし実現の前に計画が露見、社中の隊士から切腹を命じられ、慶応2年1月14日(1866年2月28日)に死去。享年29。切腹の沙汰のさい、龍馬は在京中で、長次郎を助命することができなかったという。

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 (左方向に行くと、月の瀬橋をわたる)