鹿児島

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「照国神社」は、地図上のマークがある付近です。

HISTORY

島津家28代当主・島津斉彬は、嘉永4年(1851年)に薩摩藩11代藩主となって以降、外夷から日本を守るための富国強兵と殖産興業の進展につとめた。政治的には公武合体による挙国一致政策を進めようとしたが、幕威の再興をもくろむ井伊直弼が大老に就任すると、その専制政治に真っ向から反発、しかし兵を率いての上洛を決定した矢先に病気で急死した。

その遺徳をしのんで、薩摩藩では逝去まもなく社地を選定、朝廷からも「照國大明神」の神号を賜って、元治元年(1864年)に社殿が竣工した。 現在でも鹿児島県内で参拝者が最も多い神社となっている。

PHOTO

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 (照国神社前の交差点から照国神社の大鳥居を見る。北九州市を起点とした西回り(福岡経由)の国道3号線と、東回り(大分経由)の国道10号線がこの交差点で再び出合って終点となる)

 

 (境内側から照国通り方面)

 (照国神社の説明板)

 (神門)

 (神門から拝殿を見通す)

 (「日の丸」制定の由来が書かれた碑。島津斉彬は日章旗を国旗とするように提案した一人とされる)