鹿児島

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「天保山砲台跡」は、地図上のマークがある付近です。

HISTORY

琉球貿易を行っていた薩摩藩は、その地理的な理由からも海防に対する意識が高く、島津斉興(しまづなりおき)の時代から沿岸砲台の建設が始められた。天保山砲台は、まだペリーが来航する前の嘉永3年(1850年)に完成。文久3年(1863年)には、南から錦江湾に侵入してきた英国艦隊に向け、この砲台から薩英戦争の第一弾が発射された。

砲台がある場所は、天保年間に甲突川の河口を浚渫して埋め立てた砂揚場。そのため「砂揚場砲台」とも呼ばれる。

PHOTO

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 (砲台跡の碑)

 (碑の立つ場所は、砲の台座だった部分)

 (天保年間に築かれ、周囲に土塁をめぐらせた砲台場は現在、天保山公園となっている)

 

 (現地説明板)