鹿児島

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「西郷隆盛終焉の地」は、地図上のマークがある付近です。

HISTORY

政府軍の総攻撃が開始され、城山の洞窟を出た西郷は西南戦争を共に戦ってきた諸将とともに、岩崎谷を下り政府軍めがけて最後の攻撃を敢行した。しかし政府軍からの一斉射撃を受け、西郷の将校たちは次々に被弾、西郷自身も腹部と腿に弾を受け動けなくなった。

西郷は傍らの別府晋介(べっぷしんすけ)に対し、「晋どん、もうここらでよかろう」と言い、居住まいを正してはるか皇居の方角を望んで一礼した。そして別府晋介の介錯によって切腹。明治維新を実現させた男がその新時代の政府軍によって命を絶たれたのだった。享年51(満49歳)。別府晋介はその場で切腹。桐野利秋・村田新八・池上四郎・辺見十郎ら諸将も後を追うようにして戦死した。

PHOTO

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 (城山(奥行き方向)から岩崎谷へ降りてくるところに「西郷隆盛終焉の地」がある)

 (西郷隆盛はここで別府晋介の介錯によって自刃した)

 

 (終焉の地の碑)

 

 

 (JR鹿児島本線)