京都(伏見)

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「伏見薩摩藩邸跡」は、地図上のマークがある付近です。

HISTORY

慶応2年(1866年)の寺田屋事件のさいには、お龍が助けを求めて薩摩藩邸に駆け込んだ。寺田屋から薩摩藩邸までは1キロほどの道のりである。奉行所役人に捕らえられる危険もある中で、暗い夜道を必死の思いで駆けたことだろう。幸いにも伏見留守居役・ 大山彦八(おおやまひこはち) に取り次いでもらうことができ、危ういところを救出された龍馬は、お龍とともにこの藩邸で数日過ごしたあと、ひと月後二人そろって鹿児島へ向かった。(→「龍馬とお龍の新婚の旅」)

鳥羽伏見の戦いが始まると、薩摩軍(新政府軍)は、旧幕軍の拠点である伏見奉行所近くの御香宮神社に移動した。その間に会津藩兵らの襲撃を受け薩摩藩邸は焼き払われた。

PHOTO

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 (松山酒造の塀の外に建てられた薩摩藩邸跡の碑)

 (天璋院篤姫が13代将軍家定への輿入れの旅で、途中この藩邸に立ち寄った。→「篤姫誕生地(鹿児島)」)

 (碑の横の説明板)

 (濠川にかかる橋から)

 (龍馬が寺田屋で襲われたという知らせを受けた薩摩藩は、この濠川から舟で救出に向かった)