横浜

Google Map

「外国人墓地」は、地図上のマークがある付近です。

HISTORY

嘉永7年(1854年)にペリー艦隊が再来したとき、停泊中の戦艦「ミシシッピ」のマストから、水兵ロバート・ウィリアム(24歳)が誤って転落死した。アメリカは彼を埋葬するための新たな墓地の設置を要求し、幕府は元町にあった増徳院(ぞうとくいん)の境内を提供した。これが現在の外国人墓地の始まりとなった。

3月〜12月までの土日祝日のみ公開。近年では無縁墓地が増え、墓園維持のための募金活動を行っている。

PHOTO

(写真クリックで拡大します)

 (正面の元町パセオの向こうに墓地の北端(元町門)が見える。ここから左の坂を登っていくとメインの入口である山手門へ。右へ行くと生麦事件の犠牲者の墓方面へ)

 (山手門。墓地はここから下り斜面に沿って広がっている。この日は休日なので門が開かれ、墓地の一部を見学することができる。この三叉路を東(手前方向)へ行くとすぐに「港の見える丘公園」入口)

 (左の墓石が生麦事件で薩摩藩士に斬りつけられて負傷したウィリアム・マーシャル、右が同じく負傷したウッドソープ・クラーク、そして中央の水平の墓石が命を落としたチャールズ・リチャードソン。ここは通常は中へ入れないので、道路から柵ごしに見学。なお、帽子を飛ばされただけで無傷だったボロデール夫人は、ロンドンに帰国後に亡くなっている)

 (山手教会の管理するエリア)