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「明倫館跡」は、地図上のマークがある付近です。

HISTORY

日本三学府のひとつとされる明倫館は、第5代藩主の毛利吉元(もうりよしもと)が享保3年(1718年)に創立。最初は萩城三の丸内にあったが、幕末期になって第14代藩主・毛利敬親が当地に移転させた。

明倫館は明治維新後は明倫小学校として学府の伝統を継続させたが、平成26年に、明倫小学校の本校舎は隣接する萩商業高校跡地に移転した。(旧校舎の体育館が、平成27年NHK大河ドラマ「花燃ゆ」のドラマ館として使用される)

明倫小学校では今も吉田松陰の至誠の精神に基づいた道徳教育が重んじられており、児童は学年に応じて松陰(先生)の言葉を朗唱することになっている。松陰が安政の大獄で死罪となる直前に詠んだとされる「親思ふ心にまさる親心 今日のおとづれ何と聞くらん」の歌は、1年生で朗唱する。

PHOTO

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 (藩校・明倫館は、明治後は萩市立明倫小学校として学舎の伝統を受け継いだ)

 (明倫小学校として使われた歴史ある校舎は、昭和10年10月10日午前10時に竣工式が行われた)

 (藩校・明倫館の正門(南門))

 (国道191号線をはさんだ向かい側の萩市民館前には、毛利元就が3人の息子に授けたという「三矢の教え」の像がある)