江戸

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「土佐藩中屋敷跡」は、地図上のマークがある付近です。

HISTORY

坂本龍馬は、嘉永6年(1853年)と安政3年(1856年)の2度、江戸へ剣術修行に出ている。そのときの寄宿先は、中屋敷とも上屋敷(鍛治屋橋)とも言われているが、おそらく中屋敷が主な拠り所ではなかったかと思われる。

2度目の江戸行では、この中屋敷にて、同郷の武市半平太(瑞山)らと起居をともにしたとされる。半平太もやはり剣術修行で江戸にのぼってきていた。ただし入門した道場は、龍馬が千葉定吉道場(北辰一刀流)だったのに対して、半平太は士学館(鏡心明智流)だった。

文久元年(1861年)の8月には、ここで武市半平太が土佐勤王党を結成した。その後武市は過激な尊皇攘夷運動に走り、京都では岡田以蔵らに命じて開国論者たちを多数暗殺させた。

PHOTO

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 (土佐藩中屋敷跡には現在、中央区役所が建っている)

 (首都高上の公園より。茶色の建物が中央区役所)