江戸

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「練兵館跡」は、地図上のマークがある付近です。

HISTORY

ペリー来航以来、内外の政治情勢が不穏、不透明になる中、武術への関心の高まりから各地の剣術道場は賑わいをみせていた。幕末期の江戸の三大道場として、千葉周作の玄武館(北辰一刀流)、桃井春蔵の士学館(鏡新明智流(きょうしんめいちりゅう) )、そして斎藤弥九郎の練兵館(神道無念流)があった。

越中国出身の剣豪・斎藤弥九郎は、岡田吉利の撃剣館に学び、文政9年(1826年)に独立して道場「練兵館」を開いた(当初は九段坂下にあった)。ちなみに撃剣館には、のち永倉新八(新選組)も入門している。

斎藤弥九郎の長男・新太郎は修行行脚として全国をまわった。そのさい長州との関係を深め、のち吉田松陰は、東北遊学に出たときに斎藤親子と会っている。また、松陰の門人・桂小五郎は、練兵館に入門し、塾頭・師範代を務めるほどの腕前となった。桂は、小説や劇画などでは幕末の剣豪のひとりとして描かれ、新選組などと激闘したりするが、実際には実戦で刀を抜くことはほとんどなかったとされる。

PHOTO

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 (靖国神社境内に立つ練兵館跡の碑)

 

 

 (靖国神社南門と練兵館跡の碑)