江戸

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「新選組供養墓」は、地図上のマークがある付近です。

HISTORY

江戸を脱出した新選組は下総・流山において官軍に包囲された。近藤勇はもはやこれまでと自刃しようとしたが、最後まで官軍への抗戦を試みようとする土方に制止され、結局近藤は正体を隠して、旧幕軍の鎮撫隊隊長ということで官軍に出頭する策をとることとした。しかし結局は近藤の顔を知る土佐藩士によって身元が露見してしまう。

この「新選組供養墓」は、板橋で斬首の刑にあった近藤勇をはじめ、土方歳三や他の隊士たちの慰霊塔ともなっている。永倉新八自身の墓も後に建てられた。 近藤勇の命日である4月25日(または直前の日曜日)には墓前供養祭が行われる。また5月には、地元の商店街が主宰する滝野川新選組まつりがあり、新選組隊士の扮装をした行列が周辺を練り歩く。

PHOTO

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 (新選組供養墓(近藤勇・土方歳三・永倉新八の墓、供養塔)は、JR埼京線・板橋駅を降りてすぐの所)

 (近藤勇・土方歳三の墓塔)

 (近藤勇像)

 (永倉新八の墓。この新選組供養墓所は永倉新八が生前建立したもの)

 (供養墓の由来について記された案内板)

 (「新選組まつり」の幟が立つ板橋駅東口)

 (「新選組まつり」の立て看板。近藤勇は「板橋」で最期を迎えたが、供養墓がある場所は、板橋区ではなく北区(滝野川)となる。JR板橋駅は3つの区の境に立地しており、西口改札とホームの北半分が板橋区、ホームの南半分が豊島区、供養墓に面した東口改札は北区となっている)