江戸

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「勝海舟(勝安房)邸跡」は、地図上のマークがある付近です。

HISTORY

幕末から明治にかけて、幕臣として活躍した勝海舟が明治5年(1872年)の49歳から満76歳で亡くなるまで住んでいた屋敷の跡地。その間、参議・海軍卿、枢密顧問官、伯爵として顕官の生活を送り、傍ら有名な「氷川清話(ひかわせいわ)」などを遺した。(東京都の案内板より)

勝は幕末期にこの地からほど近い赤坂 本氷川坂下 (もとひかわざかした)に住んだが、明治元年に徳川慶喜の隠居にしたがって静岡に転居した。明治5年(1872年)にふたたび江戸に戻り、赤坂のこの地を終(つい)の棲家とした。

PHOTO

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 (明治になってからの勝海舟の邸宅跡。氷川小学校廃校後、老人施設と子どもプラザとして利用されている)

 (石碑の左には「氷川小学校」の銘板が残る)

 (「勝安芳邸跡」の石碑と説明板。勝は維新後、「安房」と官位で呼ばれることを嫌ったのか、安房の文字から転じた安芳(やすよし)

 (六本木方面から坂を登ってきたところ)