江戸

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「安養院」は、地図上のマークがある付近です。

HISTORY

長岡謙吉は土佐の医者の家に生まれ、河田小龍塾で蘭学などを学んだ。安政6年(1859年)長崎に行き、シーボルトの教えを受ける。このときキリスト教に傾倒したと藩に咎められ、いったん帰国して蟄居。その後脱藩し再び長崎に出て坂本龍馬の海援隊に参加した。

海援隊では坂本龍馬の全幅の信頼を得て、事務処理や通信業務を一手に引き受け、長崎から京都に向かう夕顔丸の中で、龍馬が後藤象二郎に提示した新政府の構想を「船中八策」としてまとめた。

PHOTO

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 (増上寺の門前通りにある塔頭(たっちゅう)・安養院)