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■LEDと江戸時代の照明

青色LED(発光ダイオード)の開発業績により、またまた日本人がノーベル賞を受賞することになりました。たしかちょっと前までは、「青色LEDは作成するのが難しいため、(光の3原色が出揃って)白色をはじめいろんな色の光をLEDで再現できるのはいつのことになるかわからない、できたら夢のような話だ」などというふうに言われていた記憶があるのですが、いったんできてしまうと、LED照明が普及するのはあっという間でしたね。

いまではLEDにしろ白熱電球や蛍光灯にしろ、電気を利用することで簡単に光をつくりだすことができますが、日本では明治時代より以前は、電気の存在は知られていませんから(例外的に平賀源内とか佐久間象山のように、西洋の本を読んで電気工作に挑戦するというような「変わり者」はいましたが)、何かを燃やしてその炎によって明かりをとるという方法が使われていました。照明器具でいえば行灯(あんどん)やろうそくなどです。

ろうそくはハゼノキなどの木の油脂を原料にしたもので、作るのに非常に手間がかかり高価なもので、江戸の職人が1日働いて得た賃金でやっと1〜2本のろうそくを買えるくらいの貴重品だったようです。これでは夜更かしをする人なら収入のほぼ100パーセントが光熱費!(しかも「光」だけ) したがって、庶民の家屋の照明器具は、菜種油や魚油などを燃やして明かりをとる行灯が多かったようです。それにしても油代は安くはないので(とくに菜種油は高級品)、貧乏人は暗くなるとさっさと寝てしまうしかありませんね。

幕末の嘉永6年(1853年)に、アメリカ合衆国はペリーの黒船艦隊を日本に派遣して開国をせまりました。アメリカは当時、照明用や機械用の油を手に入れるために捕鯨を盛んに行っていたため、その捕鯨船の寄港地として日本を利用したいという思惑があったのです。

ちなみに、日本で初めて電気による照明を人々が目にしたのは、明治15年(1882年)に東京・銀座に設置されたアーク灯でした。アーク灯は電気の放電現象(コンセントからプラグを抜くときに、バチッという火花が飛ぶのと同じ現象)を利用したものです。これは、エネルギー効率や使い勝手の面からも家庭用としては実用的ではありませんでした。電気による安定した光を人類が手に入れたのは、エジソンが1879年(明治12年)に実用化した白熱電球によるもので、日本では明治20年ころから徐々に普及が始まっていくことになります。

LEDは、ろうそく、白熱電球、蛍光灯に続く「第4世代の光」と言われます。エネルギー効率や使い勝手の点からも素晴らしい発明であることは確かでしょうが、他のいろんな道具と同様、原始的なものほど「暖かい感じ」がするのは真実なのか気のせいなのか、あるいはあまのじゃくなだけなのか、自分も含めてそういう思いを抱く人はそう少なくないのでは、と感じるこの頃です。

[2014.11.6]
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